アルフレッド・アドラーという人がいます。
心理学の基礎を築いた、あのジークムント・フロイトの共同研究者で、後に、フロイトから決別し、独自の心理学を打ち立てた人です。
彼の心理学は、個人心理学と呼ばれています。
従来の心理学では、神経症や、精神疾患などの多くは、人間の心の中にある劣等感(コンプレックス)などが「原因」で引き起こされる為、その「原因」を見つける事が、治療に役立つとされていました。
心の中を探索するという方法です。
ところが、彼の方法は違いました。
それは、心の中を探るのではなく、「目的」を探るというやり方でした。
その人の周りの対人関係などを調べて、その人自身が気付いていない、現在の行動の「目的」を探ります。
そして、その「目的」を、別の方法で満たして解決します。
アドラーが、心の「原因」を探らない理由は、「原因」は過去の事で、変える事が出来ないからです。
しかし、「目的」という未来は、変える事が出来るというわけです。
例えば、不良少年になって、社会に反抗する人の場合は、親の育て方や、生い立ちの不幸などが「原因」で、劣等感を生んだなどと、いくら理由を詮索しても、意味がありません。
親の育て方や、生い立ちの不幸などは、「過去」のことでどう
することも出来ないからです。
それよりも、何故、反抗するのか、「目的」は何なのか?
人から注目されたいからなのか。
それとも、暴力で、劣等感を優越感に変えたいのか。
その人の周囲の環境と照し合わせて、何故、そのような行動をとるのかを、その人が何を求めているのかを追求します。
人間の行動は「原因」よりも「目的」に左右されていると言うわけです。
精神疾患などの患者の多くは、「目的」を達成する方法がわからない為に喘いでいるのです。
そして、この「目的」の最終的なゴールは、実は、「幸福」になるということなのです。
みんな幸せになりたいのです。
アドラーは、「幸福」になる為には、「共同体感覚」という
ものが、人間には必要だと言います。
第一次世界大戦の時に、軍医として従軍して、戦争による精神疾患の患者を診察して、その時に、その事を確信したと言います。
人間の「幸福」とは、対人関係が一番、重要だという事です。
「共同体感覚」とは、社会への「所属感」、友人や仲間などの「信頼感」、そして、家族や社会に対しての「貢献感」のことです。
これらが、欠けると「不幸」を感じるというわけです。
自己中心的な人は、この「共同体感覚」がないために社会から、孤立し、不幸な人生を送る人が多いそうです。
目先の利益を取るために、周囲の人から、嫌われ、結果として、損をするわけです。
母親に、泣き喚いて、わがままを通そうとしていた子供が、素直にしていれば、母親から可愛がられて、結果、得をするということが分かり、言うことを聞くようになるのも、この「共同体感覚」が発達するからなのです。
人間の欲望の多くは、生きるためのものです。
眠ることと、食べることと、子孫を遺すことなどです。
そういった直接、生きることに関係する欲望以外にも社会的な欲望があります。
地位や、名誉です。
地位や、名誉といったものは、他者との関係での欲望です。
他人と、比較して、優位に立ちたいという願望です。
このように、幸せとは、対人関係を抜きにして語れません。
それから、劣等感とは、他人と比較して、あきらかに、自分が劣っていると感じる心です。
これを、克服する為にみんな努力します。
努力して、克服できない場合は、別の方法で補おうとします。
勉強の出来ない人は、スポーツで優秀になろうとします。
スポーツが出来ない人は、音楽で優秀になろうとします。
それも、無理な人は、あいつは、勉強ができるけど性格が悪いなどと、悪口を言って、発散しようとします。
愚痴りまくるわけです。
それでも、劣等感を拭えない場合は、ついには、病気になってしまうということです。
人生の多くは、劣等感を、優越感に近付けようとする努力に費やされます。
他人のことばかり考えていても、仕方がないように思えますが、みんな、他人を意識しています。
他人より勝っていれば安心して、負けていれば不安になります。
人間は、他人を、意識しないと生きていけない、弱い動物なのです。
職を転々とする人も、多くは、人間関係を理由にする人が多いはずです。
他人と、よりよい関係を築くには、どうすればいいのか?
それが、幸福になるための「鍵」なのです。